社会人から看護学校へ行く時、怖かったこと

社会人から看護学校へ

今でこそ「社会人から看護師になりました」と言えるけれど、当時はかなり怖かった。

むしろ周囲から見たら、「なんで今?」だったと思う。

私は20代の頃、いわゆるOL(死語?)として働いていた。
地方の中小企業で、大卒だったけれど手取りは14万円ほど。実家暮らしだったので何とか貯金はできていた。

当時は結婚して家庭に入ることにも憧れていた。
でも、自分が好きになるタイプは「自分の仕事をしっかり持っている人」や「共働きを自然に考えている人」が多く、なかなかうまくいかなかった。

その頃から、漠然とした不安があった。

もし結婚できなかったら?
今の給料のままで生きていけるのか?
もう少し自立しておかないとまずいんじゃないか?

コツコツ貯めたお金を、結婚資金に使うのか、それとも資格取得のために使うのか、ずっと迷っていた。

そんな中、勤め先でのパワハラが限界に近づいていた。

結婚で円満退職するか、転職するか。
当時の私は、その2択しかないと思い込んでいた。

嫌で嫌で、ノイローゼ一歩手前くらいまで追い詰められていたと思う。

そんな時、「看護学校を受けてみよう」と思った。

目指したのは30代手前。
貯金額を何度も計算しながら、学費と最低限の生活費がギリギリ払えそうな学校を探した。

最初に受けたのは、実家からかなり離れた地域の公立専門学校だった。
寮付きで学費も安かったので、「ここしかないかもしれない」と思っていた。

小論文のテーマは、おそらく「看護師を目指すあなたにとってのワークライフバランスとは何か」といった内容だったと思う。

文章を書くのは得意だったはずなのに、全く書けなかった。

面接では、

「なぜ今の仕事を辞めてまで転職したいのか」

をかなり深く聞かれた。

私は、現在の仕事などを通じて医療知識の必要性を感じていたことを馬鹿正直に話した。

すると面接官に、

「医療がやりたいんですか?看護がやりたいんですか?」

と聞かれた。

……そりゃそうだ。

結果は不合格。

かなり落ち込んだ。

「やっぱり向いていないのかもしれない」

そう思ったけれど、もう1校受けることにした。

2校目は地元色がかなり強い学校だった。

現役生ばかりの中、私は完全にアウェイ。
集団面接では、若い受験生たちが学校でしっかり練習してきたであろう模範解答をハキハキ答えていく。

一方で私は、

「なぜ今の仕事を辞めたいの?」
「なぜ転職したいの?」

と何度も聞かれた。

心の中では、

「手に職をつけて、自立したいからだよ」

と思っていた。

この年齢で、「寄り添いの看護をしたいです!」という理想だけでは、もう動けなかった。

結果はまた不合格。

もう受験はやめようと思った。
私には無理なんだと思っていた。

でも、それでも今の職場で定年まで働く未来だけは想像できなかった。

そんな時、社会人受け入れがある看護学校を知った。実家からも通える距離だった。

偏差値はそこまで高くない。
でも、社会人入学が多い学校だった。

同級生も通っていて、相談にも乗ってもらった。

ここなら、自分もやっていけるかもしれない。

面接対策はその友達に相談し、かなりやった。

小論文は、大学教授と家庭教師の2人に添削してもらった。
男性と女性では添削の視点が全然違った。

看護は論理性も必要だけれど、ガチガチの文章だけでも違う気がした。

その“いいとこ取り”をしたかった。

迎えた試験本番。

小論文は自分の得意分野に近いテーマで、かなり手応えがあった。

面接も、それまでとは違った。

5対5ほどの集団面接だったけれど、面接官だった院長先生が穏やかな人で、落ち着いて話すことができた。

社会人だけでグループ分けされていたことも、安心できた理由かもしれない。

そして、結果は合格。

母に報告すると、喜んでくれた。

でも、その時の母の顔は、少し複雑そうだった。

嬉しそうでもあり、少し寂しそうでもあった。

その表情を、今でも覚えている。

そして、合格を喜んでいたのも束の間。

ここから地獄のような生活が始まることになる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました